ビルマは民主化などされていない!9月27日はジャーナリスト長井健司氏がビルマ国軍兵士によって殺害された日だ。日本人は忘れても、ビルマ人は決して忘れない。


2007年9月27日。ビルマのヤンゴンの目抜き通りで僧侶による民主化を求めるデモを取材中に、
日本人ジャーナリストの長井健司氏がビルマ国軍兵士に狙い撃ちで殺害された。
日本国政府外務省は日本国民がビルマ国軍兵士に殺害されても、遺品であるビデオカメラも
ビデオテープも返却させようと本気で動いてはいない。
大手報道機関はビルマが民主化されつつあると、ビルマ政府のプロパガンダを流布している。
しかし現実は、民主化などほど遠い状態だ。
今日行われた集会で在日ビルマ人難民は、
2007年9月27日に虐殺されたの多くの僧侶や民間人・ジャーナリストの追悼すると同時に、
1 故長井健司氏の遺品の即時返還。
2 政治囚の即時無条件解放。
3 少数民族への弾圧、虐殺の即刻無条件停止。
4 民主化政党の即時合法化。
などを強く求めた。
在日ビルマ人難民はアルバイトを掛け持ちして得たお金を東日本大震災の寄付金として被災地に送ったり、
炊き出しや泥かきなどのボランティアを行ってきた。
日本に対する感謝の気持ちを表すためにだ。
ビルマ人は、長井健司氏を決して忘れはしない。
私たち日本人も、兇弾にに倒れた長井健司氏の死を決して忘れてはいけない。
写真は、堅く門を閉ざした在日本ビルマ大使館正門前に花を供え、長井健司氏の殺害されたときの写真を掲げる女性。
難民に対して日本国は冷たい仕打ちを繰り返してきた。
難民に冷たい国は自国民にも冷たい国である。
この国は一体どこにゆくのだろう。

台風15号首都圏直撃。都心から郊外に向かう道路大渋滞。311の教訓が生かせない日本人?渋滞する桜田通り。


自宅マンションから見た。
一枚目は都心方向を見た桜田通り。
二枚目は横浜方向を見た桜田通り。
311の時と違うのは上り線が渋滞していないこと。
首都圏直下型がきたら、ここが火の海になるのだなあ。
生き残るのは大変だ。
地震はいつ来るのか予測不能だからやむを得ないが、台風は、何日も前から来るのはわかっている。
来るのとわかっていても首都圏は大混乱。
20時過ぎに飯を食いに出たけれど、多くの人が居酒屋でくつろいでいた。
どこの居酒屋さんもほぼ満員。目当ての店も満員だけれど回転が速いのですぐ空きができる。
帰り道ソニー通り下りも大渋滞しているのを見ながら歩いてきた。

我々は、肉親を奪われた人々に心を寄せ続けたか?横田さん夫妻の哀しみはさらに深く、怒りは静かに激しさを増す。


9月18日午後。神奈川県藤沢市で開かれた拉致被害者と家族の人権を考える市民集会には、200人を超える人が駆けつけた。
参加者から、
「敵は二つだ。一つは北朝鮮政府、もう一つは時間。
時間はこちらの味方ではない。残された時間は少ない。
このままでは、拉致被害者は一生を北で過ごすことになりかねない」
との強い意見も出された。

東日本大震災の陰に隠れて人々の関心が薄れつつある。
しかし、よく考えていただきたい。
福島第一原発爆発被害者に対する我が国政府の対応と、拉致被害者とその家族に対する政府の対応は、
胸が悪くなるほど酷似しているではないか。
責任を追及されることを恐れ、政治家の誰もが命がけで被害者を救済しようとしない。
誤解を恐れず敢えていうと、言い逃れを繰り返し、何もしないで時間だけ稼いでいれば、そのうち被害者が一人二人と亡くなっていくのを待っているとさえ思えるではないか。
事実、我が子を胸にしっかりと抱くこともかなわず戦いのさなかで命がつきた被害者家族も現実におられるのだ。

国内にいる人さえまともに向き合おうとせぬ政府に、国外に誘拐された被害者と向き合う覚悟があるのだろうか。
どうも、この国の根幹は同じ病に冒されているように思えてならない。
人の命を最優先にする政策を、政府は目に見える形で即刻実行していただきたい。
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