2月12日。南三陸町黒崎地区、JR気仙沼線鉄橋から志津川湾をみる。美しい海が戻りつつある。わかめや牡蠣の養殖ブイも設置された。定置網も張り直された。首都圏にも三陸の魚が並び始めた。三陸はうまい!

南三陸で海産物ご飯を食べてきた。
極上のめかぶもタラも食べました。
放射性物質汚染が気にならないかという人もいるが私は気になりません。
0ベクレルを目指すのは不可能。
私たちの反原発の声を聞かず一貫して、いまだに原発推進、新自由主義万歳、
弱肉強食という政治家を選び続けている責任は重いと考える。

福島市でも三陸からの物だという魚を出す店で仲間と大いに盛り上がった。

なぜ平気なのか。
私たちの年齢が大きな理由だ。
もう一つの大きな理由は、昨年チェルノブイリに取材に行きそこで暮らす、
不法居住者と呼ばれる人たちの生き方と姿を見たからだ。
放射能を正しく警戒する必要はもちろんある。
しかし、不必要におびえて、逃げ惑うことを私はしない。
西に逃げろと言う人もいる。
西に逃げた友人もいる。
しかし、そこにも老朽化した原発があるのだ。
そこに逃げたとしてもさほど意味はないのだ。
つまり、この狭い日本に逃げ場所があるとしたら、北海道東部か沖縄くらいな物だろう。
人間の手に余る原発を欲しがり支持してきたのは我々国民なのだということを忘れてはいないか?
身の危険を顧みず原発の危険性を訴える専門家やジャーナリストの声を抹殺してきたのは我々国民である。
その責任は、放射能をかぶると言うことでしか果たせぬ事を思い知るべきではないか?
しかし、311以降の各種選挙で反原発、脱原発候補はすべて負け続けている事実を考えると、暗澹たる気分になる。
口先の脱原発に惑わされていると言うことは、原発安全神話を鵜呑みにしてきたこれまでとまったく同じ事で反省などこれっぽっちもしていないのだという証明ではないだろうか。