避難所の昼ごはん

相馬市にある南相馬市民被災者の避難所に行った。昼時だった。もう食べたからと断っても、「そんな子といわないで、食べて書いてくださいよ」といわれた。ありがたく頂戴した。また、避難所でご馳走になってしまった。

新地駅前にて

JR常磐線新地駅前にて撮影。4両編成の電車が津波に飲まれた。奇跡的に犠牲者はでなかった。電車がぺったんこになり、ぐにゃりと折れ曲がっていた。

思い出を探して。山元町にて

女性自衛官が探して保存しているのは、「思い出」だ。少しでもたくさんの思い出を集め保存保管するのが任務。お金で買えないものの価値を政府が認めた。すばらしいことだ。

餓死させたのは誰だ?浪江町にて

飯館村から双葉町に抜ける道端で、犬が死んでいた。外傷はないので、おそらくは餓死だろう。どれほどひもじい思いをしたか。大槌町安渡小学校避難所で一緒に避難してきた犬たちは幸せそうだった。人間も幸せそうだった。犬を置いて、あるいは猫を置いて避難せざるを得なかった人々の思いは、察するに余りある。避難・退避勧告地域は立ち入り禁止区域ではない。私は2匹の犬に持っていたビスケットを与えることしかできなかった。

餓死させたのは誰だ?浪江町の牛舎にて

3月15日の避難勧告から20日が過ぎた。避難した市民の中には酪農家も含まれていた。こうなることはわかっていた。水もえさも絶たれそれでも、まだ生きている子牛。力尽きやせ細って横たわり動かない子牛。好きで牛を放置して避難する酪農家などいない。苦渋の決断を迫らなくてはならない原発事故に責任がある。酪農家がこの現実を受け止めていることを忘れないでいただきたい。

南相馬市の津波被害を忘れてはならない

一部東電福島第一原発から30kmの範囲に入るため、ほとんど手がつけられていない状態の津波被災地が南相馬市にある。その規模は岩手、宮城の度の被災地に匹敵して余りある。原発事故と北の被災地に隠れてあまり報じられないけれど、現地は悲惨を極める。

大熊町にて撮影。水蒸気を上げる原発

大熊町からの帰り道、ふと気がつくと原発から水蒸気が。水蒸気だと思った理由は、すぐ消えるからだ。煙だとすぐに消え去ることはない。順調に冷却作業が進み、炉心をコントロールできる日が来ることをひたすら願うしかない。