福島県浪江町に入った

4月5日、11時過ぎ。浪江町大熊野付近に入る。福島第一原発が見える。直線距離10km以下。岩手、宮城の被災地と酷似した風景がそこにあった。14日以降、捜索活動が停止している。取材後相双保健所にて被爆線量測定。基準値100Kcpmのところ、1,5Kcpmとのこと。スクリーニングの必要は当然ない。

再び被災地へ

3月14日気仙沼で撮影。

4月4日の深夜のバスで再び宮城に入る。

仙台には5日の朝5時過ぎにつく予定だ。今回の相棒は仙台に住むカメラマンM橋さん。今回の取材は前回とは少し趣というか目的を大きく変えようと思っている。本来の自分の取材スタイルに戻すということ。前回よりもっと突っ込んで、記録的意味のある写真もたくさん撮影してリポートにまとめる予定。前回取材した写真をまとめて、現在電子書籍にする準備をしている。そのキャプションを、出かけるまでになんとがアップしたいと頑張っているところ。

北茨城市に取材に入る。忘れられた被災地にしてはならない

北茨城市の津波被災現場。
大津漁港
大津漁港

初めて北茨城市の被災地に取材に行った。己の不勉強さを呪った。被災者の方が「宮城と福島の被害をテレビで見たら、私たちなんか軽いもんだ」と笑ったけれど、北茨城の被害も深刻である。「忘れられた被災地」にしてはならないと強く思った。