10月28日。福島市南向台小学校前にて。除染作業員は線量を知らされていなくて、線量管理もまったくしていなかった。不安に思った作業員は、ココどのくらいありますかと聞いた。


作業員のはがしている芝生は、補正値で1.65μSv/h。歩道の上約1mでは同じく2.1μSv/h。
ここで、マスクなしで作業させていいのだろうかという疑問がわき上がった。
除染といっても最終処分の方法が決まっていないのだ。
放射性物質をA地点からB地点に移すだけのことだ。
問題は何も解決などしない。
いわんや、ボランティアに除染させるなど言語道断である。

10月30日、福島の女に続けて全国の女性が経産省前に集結!静かに、穏やかに、しなやかに。


巨大官庁に飲み込まれそうになりながら、けれど、小さなテントは主張を止めることはない。しなやかにしたたかに、これまでの反核平和運動のように分断されることなく、分裂することなく。午前11時前、社民党の福島議員が応援に駆けつけていた。世話人さんたちと記念撮影。座り込みについて詳しくは http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/

10月27日原発いらない福島の女たち、経産省前で脱原発アクション。女性特有の緩やかにしなやかに連帯の輪が広がる。女性の時代だ!


10月27日、経産省前。緩やかに、しなやかに、優しく、暖かく、排除せず、けれど決して分断されない女性達の力強い連帯の輪が広がった。福島の女性達のアクションは全国の女性の心を動かしまったく間に広がりを見せている。その飛び火はLAやNYにまで飛んだ。

いわき市久之浜に行った。瓦礫の撤去は進んだけれど、災害は終わってなどいなかった。この車いすを使っていた人はご無事だろうか。


ツイッターでいわき市主催の市民の方々の撮影した写真の展覧会があると聞いて、仲間と早速出かけた。会場にはすでに大勢の方が来られていた。市民の方々の作品を中心に、地元新聞社などが提供した写真が展示されていた。市民の方が撮影した津波や、波に飲み込まれて行く町の写真を前に息がつまった。災害の当事者と非当事者の視線の違いも見た。深く考え込んだ。
久之浜にも足を伸ばした。瓦礫の撤去作業は進んでいたが、爪痕は深い。除染作業をする男性とも話をした。詳しくはメールマガジンにまとめようと思う。

重い十字架

福島第一原発まで1kmたらず。大熊町の栽培漁協協会の津波で破壊された巨大な水槽を管理するドーム。排水溝が十字架に見えた。重い十字架だった。ここでお嬢さんがなくなったご夫婦に今日お会いした。写真を見ますか?と問いかけるとご主人は首を横に振った。詳しい状況を聞かせてくれといわれたので、できる限り感情をいれず正確に見たままを話した。ご夫婦は、最後まで写真を見ようとはしなかった。